| 人類は地球の体をなぜ破壊を続けるのか? |
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| 作者: halera |
| 2011年 8月 26日(金曜日) 12:43 |
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地球人のした事とガイヤの意識
私たちは、何億年か前に、他の星から地球という美しい星に移住した過去があると思う。本来の地球は、大きな有機体(オーガニック・ボディ)であり、また、意識をもった宇宙生体である。原初の地球は緑で覆われ美しかった。
その地球の上には、植物、鉱物、ほ乳類動物、非ほ乳類、魚貝類、藻草類、岩、河川、海、土壌、微生物、様々な生きものが乗っかって、今日も生きている。
地球上の随所に、人類は「都市」という形の生態系を形成していった。
それは、水源があり、湾があり、環境が優れ、住むのに便利がよい場所を中心に開発をしていった。
しかし、人類がこうした大都市を形成するに当たって、忘れた最も大切なことがある。
それは、
この地球も 私たち同様に呼吸する「生き物なのだ」ということ。
地球の内部には、マントル(血液)があり、火山(心臓)、外部の核(内蔵器官)、表面の土壌(皮膚)があり、一秒たりともその生命活動は止まってはいない。
都市を造るに当たって、分厚いコンクリート、膨大な量の鉄筋とセメント、その他の物質を使い、地球の表面を500年以上、いやそれ以上の年月をかけて人工物で塞いでいった。
ここ数年、世界の各地で水による災害と称される現象や、地震が発生している。
これらは、地球の側から観れば、「自然の動き」であり、自分の体で呼吸をするための自序、調整作用でもある。
人間が経済と便利さを優先させ、本来あるべく自然の形を全く無視して、地球の肌を傷め、塞ぎ、呼吸妨害しているという事実を否定できるであろうか?
そして、人が何故、災害と呼ぶのか?
それは、自分に取って都合の悪い被害がでてくるからか?
しかし、いかなる地球上の自然現象であってもガイヤにとっては、ごく自然の調律作用。
例えば、あたり一面の道路が洪水でめくれること、これは地球にとっては、息ができなかった堅い物質がとれて、やっと息ができるようになる。 河の水が流れることで、植物や雑草がそこに繁栄し自然の形態を戻してくれるチャンスでもある。
一口に災害と呼ぶ前に、私たち人類が地球にとって良くないことをしたかどうかを、問うことも大切なのではないだろうか?
私たち一人一人が、地球の身になって、真剣に考え、行為したことがあるだろうか?
2011/08/26 |
| 最終更新 2011年 8月 26日(金曜日) 14:22 |



